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 SHIN うだつのあがらないプログラマー |
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| | 自転車の改造。 ここまでやるとは正直思ってなかった。 でも実際にウーノくんに乗り始めたら、いろんなところが気になって気になって。 車だとちょっと改造しただけで軽く数十万は飛ぶが、自転車だと割りと安価でできる。 そのせいか無性に自分だけのオリジナルを追及したくなってしまった。
そんなわけでここ数日間、素人なりにがんばってみました。 以下改造内容です。
○ペダル交換 もともと付いてたペダルは、折りたたみ機能はあるけどなんだかデカイ。のでタイオガのシュアーフットコンパクトというやつに交換。軽いし小さいしカッコイイのでお気に入りです。
○ハンドルバーカット ウーノのハンドル長は580mmと長め。なので、左右20mmずつカットして540mmにしてみた。これだけでもけっこうな違いがあると思う。バーの適切な長さは、自分の肩幅+握りこぶし1個分だとか。でも所詮散歩用の趣味の自転車だし、あんまり考えずにカットしました。。
○バーエンドバー装着 ハンドルをカットして多少短くなったこともあって、ポジションが変えられるようにバーエンドバーを付けてみた。バズーカのリトルバーエンドバー(60mm)というやつで、とにかく短いバーだけど、意外と握れる。因みに折りたたんでもこれならジャマにならない。
○ヘッドライト装着 ライトが無かったので、安物だけど「キャットアイ」というライトを付けてみた。 夜間の走行はほとんど無いだろうけど、なんとなく存在感のあるライトが付けたくて。因みにこれも折りたたみ時にはジャマにならない。
○ブレーキシュー交換 もともと付いてた前輪のブレーキシューがなんだか効きが悪かったので、シマノのブレーキシューに交換。若干効きが良くなった気がするけど、シューの差なのか付け方の違いなのかは不明。
○サドル角度調整 水平だと股間が痛かった(苦笑)ので、少し前部を下げてみた。
※余談 この中で一番苦労したのはハンドルバーのカットで、ホームセンターで1200円くらいのパイプカッターを買ってきて自分でやってみたんだけど、最初よく分からなくて1時間くらい増し締めやらずにグルグルまわしてて、「切れん!」と思って一時中断(ばか)。 でもよく見たら少し切れているのに気が付いて再び実施。そのうちタイミングよく増し締めしてやれば切れることにようやく気がつき、もう片方は15分くらいであっけなく切断できた。
あとはペダル交換。これもペダルレンチを買ってきてやってみたら、最初はかたくて回らなかったけど、買ったばかりの自転車だしグリスも当然塗ってあるので、自分で回せないハズはないと思って、足で体重かけたらあっけなく回った。
もうひとつ、バーエンドバーを付けるのに、ハンドルのグリップを奥に詰めるのだが、グリップを止める金具が微妙にひっかかって奥にスライドしない。のでヤスリで削ってサイズを拡張して強引に奥に詰めた。。
何事もやってみないと分からないもんですね。。 てなわけで、こんなふうになりました↓(注:自己満足の世界です)
 ※拡大画像を見たいひとは、画像をクリック!
追記: 後日さらにハンドルバーを20mmずつカットして500mmに。 さらにカッコよくなりました(笑)。 現在はサドルバッグとボトルケージを付けようと計画中。 |
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| | 2009/06/02(Tue) 09:51:10 |
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| | ハイ、これは僕の大好きなジャンル(世界滅亡もの)なので、かねてより観たかった作品です。ついにレンタルで観ました(以下ネタばれ含む)。

素直に面白かったと思う。 僕にとっては、メカのギミックを見ているだけで満足。 全体的に映像の動きが早くて小気味良い。 あんまり全編CGな作品は好きじゃないんだけど、今回はロボットものなので違和感がない。
しかしこの作品を観て「ラストエグザイル」を思い出したのは僕だけ? ウォーリーでは700年、ラスエグでは660年だったか。 地球環境が再生するまで待ち続ける人類という設定が、見事に一致してるじゃないですか。まぁウォーリーの場合は5年の間にウォーリーたちが地球を浄化する予定だったらしいけど。 しかしゴミを固めて山を積み上げ焼却することで地球を浄化するというのは、あまりにも短絡的な発想なのだが、この辺はパロディということで理解した方が良いんだろうな。 BNL社が浄化をあきらめちゃったことも。 ちなみにラスエグの場合は再生用ナノマシンを大量に散布して浄化を早めたらしい。うん、よく分からないけどこっちの設定の方がなんか説得力あるぞ。 あとビデオテープ出てきたよね?700年の間にボロボロになって崩れ落ちそうな気がするのだが、あれは何か特殊な素材で出来ていたのかな?
まぁつっこみどころは多々あるものの、人類滅亡の危機感も全く感じさせず、終始ロボットたちの明るくコミカルな動きで楽しませてくれた作品でした。 |
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| | 2009/05/07(Thu) 11:59:27 |
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| |  | 読んだ。やっと読んだという感じ。 この巻は「新しい太陽の書」4部作の続編として書かれているのだが、 その内容はとにかく難解、の一言。 前半の宇宙船の中の話と、イエソドに着いてからの話が分かり難い。 前半のポイントとしては、セヴェリアンがどのようにして新しい太陽をウールスにもたらすか、ということなのだが、詳細はサッパリ分からない。特にイエソドのあたりではほとんど現実感のない展開で、煙に巻かれてばかりだ。
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それでも耐えて読み進んでいくと、ようやく新しい太陽を得たらしく、地球へ帰還する展開になる。 で、ここからは意外にも読み易い。 多少、セヴェリアンが人間離れした能力を持つようにはなる(実は多少どころじゃなく、セヴェリアンが新しい太陽の力を使えるようになったらしいが。。?)ものの、4部作のような雰囲気を取り戻し、今までの苦労は何だったのというくらい面白くなってくる。 特に面白いのは、若き日のイマールが登場したり、数十年後のヴァレリアが登場するところで、とにかくセヴェリアンは時間を行ったり来たりして、様々なウールスの時代を見せてくれる。
が、その後のアプ・プンチャウの話で遥か過去に遡り、再び新しい太陽が到来した時代へと飛んだ(らしい)のだが、最後の章がいったい何を言いたかったのか、僕には意味不明。 セヴェリアンが最後に選択した世界は、何だか神話的な世界で、そのまま終了なのだ。
というわけで、素直な感想を言うと前半意味不明で退屈、後半面白くなってきたと思ったら最後の最後でまた意味不明となるので、何となく後味が悪い。 4部作での謎は確かにこの巻でおおよそ解決されるのだが、やはりウルフの作品は一筋縄ではいかないのか。 |
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| | 2009/01/27(Tue) 14:03:00 |
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| | 観てきました。 世界滅亡ものが三度の飯より好きな私としては、当然のことです。ハイ。 因みに何の予備知識も無く観ました。CMは観たけど。

感想としては、「目新しさに欠ける」というところか。 過去に類似した作品として「宇宙戦争」があるが、その作品の方が迫力のある映像という意味では楽しめたと思う。「地球が静止する日」では、テレビCMで見た映像が一番迫力があり、それ以上の画を期待していた僕としては少し残念。 また、地球的規模の窮地に追い込まれ、逃げ回る作品としては「ハプニング」などがあるので、正直この手の逃げ回りものとしても目新しさに欠ける。
お話の内容としては非常にストレートで、人間活動の活発化により破壊されていく地球環境への警告がしたいのは分かるが、もう少しヒネリが欲しかった。キアヌが人間の情に簡単に影響を受け過ぎて、途中から結末が予想できてしまった。 また、正体不明のものに対して米国側が敏感に反応し過ぎる。あれでは単に米国の軍事力を見せ付けたいだけとも受け取れる(米映画にはありがちだが)。 ただその一方、融通のきかない人類の愚かさも表現されていたとは思う。この「愚かさ」を狙ったのかもしれないが。
そんなわけで、年末は忙しくてなかなか観に行けず、やっと観れたと思ったら肩透かしをくらったような感じの作品でした。 まぁ映画なんだし、この手の作品は、内容に多少無理があっても迫力のある映像と大どんでん返しの結末があって欲しいね。 |
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| | 2009/01/04(Sun) 23:20:18 |
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| |  | 18巻です。そして久しぶりの更新です。 決して放置していたわけではありません。 私もいろいろと忙しい身になっただけです。なんのこっちゃ。 しかし前巻が劇場版をなぞったような内容で、どうにも面白くないと思っていたが、 この巻はなかなか読み応えがあったのだ。 |
アニメ版ではただの廃墟と化したテキサスコロニーが、オリジンではシャアとセイラの思い出の地にすることで、ここに到って非常に意味のある展開となった。 正直アニメ版の展開よりこのオリジンの方が好きだし、しっくりくるね。 まぁ劇場版を意識してか、シャアが馬にまたがって登場するシーンを作るのにやや強引な馬の捕まえ方をしてはいるけど。いくらなんでも都合良くキレイな馬が現れるのはどうかと。セイラと話してる間も逃げずにいるのもおかしいし。。 ニュータイプのアムロを追い詰めるゲルググの強さといい、どうも安彦良和はシャアに超人的なことをさせたいらしい。しかも「逆襲のシャア」の伏線ともいうべきシャアの思想まで出てきてるしね。
とここまで書いて気が付いた。 一年前も年末に書いたのはガンダムの記事だった。どうでもいいけど。 というわけで少し早いけど、皆さん良いお年を。 |
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| | 2008/12/29(Mon) 18:35:06 |
| |  ※拡大画像を見たいひとは画像をクリックしたまえ
あ、いえ別に特にこれといった内容のない記事です。 ただ、けっこう 12SR や スポイラーレス で検索し、このサイトにたどり着くひとがいるのと、どうやら僕のマーチ君のその後を気にしているひとがいるらしい(ただの妄想)ので、こうして人気取りの記事を追加しました(おい)
マーチ君はすこぶる調子良い感じです。 先日走行距離が 6000km を超えました。 走り過ぎず、走らなさ過ぎず、良いペースです。 燃費は、街乗りなのでリッター 11〜12km ってとこですかね。 それにしても、最初高いと思ってた車高が、今はぜんぜん気にならない。 もしかして車高下がって(ヘタって)きた?? 以前の写真と見比べると、若干下がっているような・・・気のせいか?(ただの妄想)
というわけで、今後もばかな日記は時々出現しますので、乞うご期待。 |
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| | 2008/11/15(Sat) 23:35:29 |
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| | 「小室容疑者」か。 ずいぶんと時代が変わったもんだ。 TMが好きで、昔ライブにも行ったことのある僕としては、まさか小室哲哉がこんな呼ばれ方をするようになるとは、夢にも思わなかった。 残念。ただただ残念の一言。
TMも80年代のバンドとしてはそこそこ人気があり、その後の音楽プロデュース活動ときて、失敗することなく常に昇り続ける日々が、いつの間にか彼を善悪の判断もつかないほどの狂人に仕立て上げてしまったらしい。 99年頃、インターネットの普及によりCDが売れなくなってきた時点で、足を止めて自分を見つめ直せば良かったのに、そこで止まらずに世界を目指してしまったのがいけないと思う。 僕はてっきり、足を止めて印税生活を送っているものだと思っていた。。
単純なことだが、新しいことを始める→儲かる→儲かった金をつぎ込む→失敗する→借金する、というのは、もう非常に分かり易い失敗の方程式である。つまりこれは競馬やパチンコのようなギャンブルと同じ。儲かった時の味が忘れられないからまた金をつぎ込む。
おそらく彼のまわりには、本当に彼の能力を理解し、彼と共に歩んでいこうとする人間がいなかったんだと思う。もしくは彼の考え方についていけずに離れていった、とか。 木根や宇都宮も、所詮は外から傍観するだけだったんだろう。
でも彼の作り出した楽曲は、今でも僕の記憶の中に様々な思い出とともに残っているし、たとえ店頭から彼のCDが消えても、これからも聴き続けていくだろう。 今はただ、残念と言うしかない。

□追記 各所で彼の楽曲の販売やオンエア自粛の動きが出始めているが、そんなことすると逆に楽曲の希少価値を上げるだけだろ。人間てのは手に入らないものに執着する生き物だからな。「小室事件」とまで称されるこの事件、どこまで波紋が広がるのか。いずれにしても、楽曲に罪はない。 |
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| | 2008/11/05(Wed) 11:40:44 |
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| | 観てきました。M・ナイト・シャマランの映画「ハプニング」。 うん、けっこう面白かった。スゴイ見入ってしまった。
とはいえ、皆さんこの映画には賛否両論(否が多い?)あるようで。まぁそれも仕方がないかな。 正直何の予備知識もなく観れば、僕のように真剣に観てしまうだろうけど、2回目以降観る気になるかどうかは疑問でしょう。 これ以上はネタばれになってしまうので、ご注意。

というのも、この映画はシャマラン映画に必ずといっていいほどあるはずの、いわゆる「大どんでん返し」がない。まぁある意味観たままで、謎の解決も何もないのだ。 それ故、この映画を観て「裏切られた」とか「よく分からない」と批判するひとたちもいるだろう。
しかしだ。僕個人的には、この映画には何かのメッセージが込められているような気がする。 それは何か?が簡単に分かったらそれこそつまらないでしょう。 ただちょっと分かったのは、「善人は生き残った」ということ。 自殺してしまう原因として、毒素がどうとか、人数が多いからとか言っていたが、そんなことはどうでもいいというか、シャマランが仕掛けたトラップに過ぎないのではないか?と思う。
映画の中で、ジュリアンがエリオットの妻アルマを悪く言うシーンがある。 僕はこのシーン以降アルマのことが気になっていて、いつアルマがジュリアンの言うような悪妻ぶりを見せるのか、ずっと期待していた。 しかし結局最後までアルマの悪い部分は出てこなかった。それどころか、アルマもエリオットも、自分が死ぬ前に犯した罪を告白しておきたいと言って、お互いにそれを告白しあったのだ。
そして2人は生き残った。幼い娘ジェスも。 しかしアルマのことを悪く言ったジュリアンは死に、彼らを一晩泊めてくれたお婆さん(ミセス・ジョーンズ)も死んだ。実はこれもヒントになっていて、このお婆さんは非常に人に対して厳しく、ちょっと怖いぐらいだった。この怖いぐらいの演出が、シャマランがワザと仕掛けている気がしてならない。
つまり法的に罪を問われるほどでなくても、ある程度の「悪」を持つ人間は全て消滅し、本当の善人だけが生き残るシステムになっているように、僕には感じられた。 法律は人間の作ったものであり、人間以外のものに対しては意味のないものだからね。 これをシャマランが「狙った」のかどうかは分からないが、そのように考えると、それを確かめるためにもう一回観てみたくなる。怖いけど(笑)
もちろん地球環境破壊に対する人類への警告という考え方もできると思う。 人間には理解できない自然の力が働き、増えすぎた人類の間引きが行われたと言っているひともいるし。とすると、その自然の神秘的な力により悪と判断された人間が消去された?とか。 消去とか消滅とか書いたが、単純に消えてしまう演出だと作品として面白くないので、「自殺」という形で罪を償わせたとも考えられる。
皆さんは、この映画を観たまんま捉えるか、それともその裏に何かを感じて考えてみるか? これはいろんな見方ができる映画じゃないだろうか。 まぁ既にここまで考えている時点で、僕にとっては良作ということになるな。 |
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| | 2008/07/27(Sun) 22:25:20 |
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